時間にしがみつくのをやめる
2026年02月12日 09:48

時間にしがみつくと、人生は不思議なほど硬くなる。
遅れないように、損しないように、取り戻すように。
気づけば私たちは「いま」を生きているつもりで、「不足している未来」を追いかけている。
もっと早く、もっと多く、もっと正確に。
けれど時間は、握った手からこぼれる砂みたいに、力を入れるほど逃げていく。
そもそも、時間そのものは敵ではない。
敵になるのは、時間を“支配できるもの”だと誤解した瞬間だ。
予定通りに進めば安心し、崩れれば苛立つ。
私たちの心は、時計の針に合わせて上下する。
だが現実は、予定を守るために存在していない。
体調も、人の気分も、偶然も、天気も、こちらの都合に従わない。
その当たり前を忘れるほど、予定は祈りになり、祈りが破れたとき怒りになる。
「時間にしがみつくのをやめる」とは、投げやりになることではない。
むしろ逆だ。
自分が握れる範囲を、正確に握り直すことだ。
今日できるのは、せいぜい“次の一手”まで。
結果の保証ではなく、行動の選択。完璧な段取りではなく、やり直しの余白。
未来を固める代わりに、いまの手触りを確かめる。
呼吸は浅くないか。
肩は上がっていないか。
頭の中で、何回「急げ」と言っているか。
そこに気づけた瞬間、時間の鎖は少し緩む。
私たちは時間が欲しいのではなく、安心が欲しいのだ。
だから予定を詰め、先回りし、遅れを恐れる。
けれど安心は、支配の中にはない。
あるのは、崩れても立て直せる感覚だけだ。
遅れたら謝れる。
間に合わなければ断れる。
失ったら選び直せる。
そうやって自分を救う技術を持った人ほど、時間に追われない。
時間を増やしたのではない。
自分の余白を増やしたのだ。
時間にしがみつくのをやめる。
すると、同じ一日が少し広くなる。
急ぐためではなく、味わうために使える時間が戻ってくる。
時計は相変わらず進む。
でもこちらは、進み方を選べる。
人生はスケジュール表ではなく、呼吸の連続だと思い出したとき、時間は敵ではなく、静かな同伴者に変わる。