予期せぬ出来事にまっすぐ注意を向けよう
2026年02月05日 18:06

予期せぬ出来事は、たいてい「邪魔」としてやって来る。
予定を崩し、段取りを狂わせ、こちらの正しさや努力を無意味にする。
だから私たちは反射的に、原因探しを始める。
誰が悪いのか、どこで間違えたのか、どう取り返すのか。
けれど、その瞬間いちばん失われるのは、出来事そのものへの注意だ。
現実より先に物語を作り、現実をその物語で塗り替えてしまう。
「まっすぐ注意を向ける」とは、感情を消すことではない。
驚き、苛立ち、怖さが湧くのは当然だ。
ただ、それらを“ハンドル”にしない。
まず目の前にある事実だけを見る。
何が起きたのか。
いま何が壊れていて、何はまだ残っているのか。
自分の身体はどう反応しているのか。
呼吸は浅いか、肩は固いか。
注意を現実に戻すと、心の中の騒音が少しだけ下がる。
騒音が下がった分だけ、次の一手が見えてくる。
予期せぬ出来事の多くは、こちらの想定を越えている。
だからこそ、いつもの戦略が効かない。
ここで必要なのは、賢さよりも素直さだ。
コントロールできないものを握りしめる代わりに、コントロールできる最小単位に分解する。
「いま連絡すべき相手は誰か」「やめるべき作業はどれか」「今日の体力で可能な範囲はどこまでか」。
注意がまっすぐだと、選択が小さく、具体的になる。
具体的になると、恐怖は抽象で増幅しにくい。
さらに言えば、予期せぬ出来事は、生活が惰性に流れるのを止めるブレーキでもある。
嫌な形で立ち止まらされるが、その停止は、見ないふりをしていた疲れや無理、古い前提を露出させる。
出来事を「不運」と呼ぶ前に、そこに含まれる情報を拾う。
何が限界だったのか。
何を守りたかったのか。
何を手放してよかったのか。
注意を向けることは、出来事を肯定することではない。
そこから奪われないための態度だ。
予期せぬ出来事に遭ったとき、私たちは二重に苦しむ。
起きたことと、起きたことへの解釈で。
だから、まずは出来事にまっすぐ注意を向けよう。
現実を正確に見る人だけが、現実を静かに動かせる。