親切にしたいと思ったら、すぐ行動に移す。
2026年02月03日 11:03

親切は、美徳というより「速度」だと思う。
頭の中で“いい人”を演じ始めた瞬間、親切はたいてい遅れる。
相手の気持ちを推測し、迷惑かもと疑い、見返りがないと損だと計算し、タイミングを探しているうちに、相手の困りごとは別の形に変わってしまう。
親切は熟考の果実ではなく、気づいた瞬間に生まれる小さな衝動だ。
その衝動は、ためらいの熱で簡単に蒸発する。
だから「親切にしたい」と思ったら、すぐ動く。
席を譲るなら、目が合った瞬間に立つ。
返信するなら、読み終えたその場で一行だけ返す。
落ちているものを拾うなら、誰かが見る前に拾う。
差し入れをしたいなら、予定を立てる前にコンビニで一つ買う。
親切は大きなドラマより、日常の“微差”で世界を変える。
誰も拍手しない。
だからこそ純度が高い。
もちろん、親切は時に断られる。
余計なお世話と言われることもある。
だがそれでいい。
親切の価値は「相手を思い通りに救う」ことではなく、「自分の中に芽生えた温度を裏切らない」ことにある。
やさしさを先延ばしにすると、私たちは次第に自分の感覚を信用しなくなる。
感じたのに動かなかった、という小さな裏切りが積み重なると、人は冷たいのではなく、鈍くなる。
大げさな善行はいらない。
親切の最小単位は、数秒と数百円と数行だ。
ドアを押さえる。
道を譲る。
水を一杯差し出す。
名前を呼ぶ。
ありがとうを言う。
困っている人に「大丈夫ですか」と聞いて、断られたら「わかりました」と引く。
その軽さが、続ける力になる。
親切は、相手のためであると同時に、未来の自分のためでもある。
世界が荒れて見える日でも、自分の手だけは温かいままでいられる。
親切にしたいと思ったら、すぐ行動に移す。
遅らせないことが、やさしさをやさしさのまま守る、いちばん確かな方法だ。