雲収山岳青
2025年11月12日 10:08

「雲収山岳青(くもおさまりてさんがくあおし)」。
この禅語は、雲が晴れると山々の青さが鮮やかに現れる様子を表しています。
しかし、その意味は単なる風景の描写ではありません。
人生の深い真理が、この短い言葉の中に込められているのです。
心の雲が晴れる時
私たちの心は、常に何かしらの「雲」に覆われています。
不安、怒り、嫉妬、執着、後悔。
これらの感情が心を曇らせ、物事の本質が見えなくなってしまうのです。
長年、夫婦関係に悩んでいた女性がいました。
夫への不満、イライラ、失望。
心は暗い雲に覆われ、夫の良いところが全く見えなくなっていました。
しかし、カウンセリングを受け、自分の期待や思い込みを手放した時、雲が晴れたのです。
「夫は変わっていない。
変わったのは私の見方でした。
雲が消えたら、ずっとそこにあった夫の優しさや誠実さが、青空のように鮮やかに見えたんです」
山はずっとそこにあります。
ただ、雲に隠れて見えなかっただけ。同じように、本当に大切なものは、いつもそばにあるのです。
困難は永遠ではない
人生には、どうしようもない困難が訪れることがあります。
病気、失業、離婚、喪失。
その時は、まるで永遠に続く嵐のように感じられます。
空は重い雲に覆われ、希望の光さえ見えません。
息子を交通事故で亡くした母親は、数年間、深い悲しみの雲の中にいました。
「もう二度と笑えないと思いました。
世界から色が消えたようでした」
しかし、時間とともに、少しずつ雲が薄くなっていきました。
息子との幸せな思い出、彼から学んだこと、彼が残してくれた愛。
それらが、青空のように心に現れ始めたのです。
「悲しみは消えません。
でも、悲しみだけではない。
息子がいた喜び、感謝、そして彼の分まで生きる使命が見えてきました。
雲の向こうに、ずっと青空があったんです」
余計なものを手放す
心を曇らせる雲の正体は、多くの場合、私たちが握りしめている「余計なもの」です。
他人への期待、完璧主義、プライド、過去への執着、未来への過度な不安。
ミニマリストとして生きることを選んだ男性は、物だけでなく、心の持ち物も減らしていきました。
「人からどう思われるか」という不安を手放し、「こうあるべき」という固定観念を捨て、「いつか役に立つかも」という執着を離れました。
「手放すたびに、心が軽くなりました。
そして気づいたんです。
雲を作っていたのは自分だったと。
雲を手放せば、いつでも青空は見えるんだと」
本来の姿が現れる
雲が晴れた時に見える山の青さは、もともとそこにあったものです。
新しく現れたのではなく、ずっとそこにあった本来の姿が見えるようになっただけなのです。
同じように、私たちの本来の姿、周囲の人々の本質、人生の真の意味も、雲が晴れれば見えてきます。
不安や恐れという雲が消えた時、自分の本当にやりたいことが見えます。
怒りや憎しみという雲が消えた時、相手の善意や苦しみが理解できます。
雲を観察する智慧
この禅語は、もう一つ大切なことを教えてくれます。
それは、雲は必ず去るということです。
どんなに厚い雲でも、永遠に空を覆い続けることはありません。
心理学では、感情は波のようなものだと言われます。
怒りも悲しみも不安も、やってきては去っていきます。
その感情に飲み込まれるのではなく、「今、心に雲が来ているな」と観察できるようになることが、禅の修行の一つなのです。
「私は怒っている」ではなく「心に怒りの雲が来ている」と捉える。
そうすることで、感情に支配されず、やがて雲が去るのを静かに待つことができます。
今日の空を見上げて
今、あなたの心の空はどんな状態でしょうか?
厚い雲に覆われていますか?
それとも、青空が見えていますか?
もし雲が多い日なら、思い出してください。
その雲の向こうには、必ず青空があることを。
そして、雲は必ず去っていくことを。
余計な執着を手放し、深呼吸をして、心を静めてみる。
そうすることで、少しずつ雲が晴れていきます。
そして、ずっとそこにあった美しい青空、本当に大切なものの姿が、鮮やかに見えてくるのです。
雲収まりて山岳青し。
この瞬間を、あなたも味わうことができるのです。